2026.10.13 スカパーJSATとの共同PoC実施のお知らせ ― AIによる衛星運用支援の可能性を検証
株式会社EQUESは、スカパーJSAT株式会社と共同で、静止軌道衛星の運用業務における高度化・効率化に向け、AI活用の可能性を検証する概念実証(PoC)を実施しましたので、お知らせいたします。 本PoCでは、スカパーJSATが40年以上にわたり培ってきた衛星運用の知見と、EQUESのAI技術を組み合わせ、衛星運用業務の一部を対象に、AIによる判断支援の方向性を確認しました。 取り組みの背景 近年、宇宙産業では民間企業や宇宙スタートアップの参入が相次ぎ、衛星を活用したビジネスが急速に拡大しています。それに伴い、衛星の運用や管制を担う地上設備への需要も高まっており、多数の衛星を安定的かつ効率的に運用する体制の重要性が増しています。スカパーJSATは、長年の衛星運用経験を生かし、自社のみならず他社衛星の運用支援や地上局サービスの提供を行っており、パートナーとの協業を通じて国内外で地上局ネットワークの拡充も進めています。今後の事業拡大により、運用対象衛星のさらなる増加が見込まれる中、安全性と信頼性を維持しつつ、現場の負荷を抑えた効率的な業務体制の構築が課題となっています。一方、EQUESは東京大学松尾研発のAIスタートアップとして、説明可能性や信頼性が求められる領域での技術実装に取り組んでいます。こうした背景のもと、衛星運用という専門的な意思決定を要する業務において、AIを活用する新たな手法の実用性を探るため、両社で本PoCを実施するに至りました。 本PoCの内容 本PoCでは、静止軌道衛星の軌道保持に関わる業務を対象に、スカパーJSATの衛星運用ノウハウとEQUESのAI技術を組み合わせながら、担当者の業務を支援する新たなアプローチに取り組みました。衛星の軌道保持では、過去の事例を参照するだけでなく、マヌーバ※実施後に軌道がどのように変化するかを予測し、運用条件をクリアしているか慎重に確認・判断する必要があります。AIを実際の現場に導入するためには、過去データの分析に加え、物理法則に基づいた軌道変化の予測や、運用上の制約を踏まえた軌道制御の実施案の生成、その妥当性を担当者が適切に評価できる仕組みが不可欠です。そこで両社は、AIが過去の運用データや知見を基に必要な情報を提示し、人間が最終的な判断を行うことを前提とした運用支援のあり方について検証しました。その結果、AIによる情報提示と人間による判断を組み合わせた運用支援の可能性と、実運用への適用に向けた課題を確認しました。 ※ マヌーバ 衛星の位置を所定の範囲に維持するために、推進装置を使用して行う制御操作。 今後の展望 両社は、本PoCで得られた知見を踏まえ、衛星運用業務におけるAI活用の可能性について、引き続き検討を進めてまいります。 取り組みの詳細は、お取引事例でもご紹介しています。お取引事例:https://eques.co.jp/works/skyperfect-jsat-satellite-operation-ai/プレスリリース全文(PR TIMES):https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000036.000101360.html EQUESは今後も、社会インフラを支える現場へのAI技術の実装に取り組んでまいります。
2026.10.07 【フィジカルAI】「AIロボット持ち込み勉強会in札幌」登壇のお知らせ
株式会社EQUESは、2026年10月16日(金)に札幌で開催される「AIロボット持ち込み勉強会in札幌」に、北海道支社長 岸本 悠佑が登壇いたします。 本イベントは、「AIロボットで未来を創る」をビジョンに掲げるコミュニティ AI Robot Japan が主催する勉強会です。実際に動くロボットを会場に持ち込み、VLA(Vision-Language-Action)や模倣学習の実装事例と課題を共有します。トークセッションに加え、持ち込みロボットのデモ体験や懇親会も予定されています。 講演の内容 講演タイトル:ロボットにもChatGPTの爆発は来るのか? 〜SO-101とカンブリア進化大爆発から見る、フィジカルAIの現在地〜 生成AIが言語の世界で一気に広がったように、ロボットの世界にも同じような転換点は訪れるのか。オープンソースのロボットアーム「SO-101」に実際に触れた経験と、生物の多様化が一気に進んだ「カンブリア爆発」とのアナロジーを手がかりに、フィジカルAIがいまどこまで来ているのかをお話しする予定です。 当日はABEJA、公立はこだて未来大学、ugo株式会社の皆様も登壇されます。 開催概要 イベント名:AIロボット持ち込み勉強会in札幌 開催日時:2026年10月16日(金)14:00〜17:00(受付 13:30〜) EQUESの登壇枠:14:30〜14:55 会場:アーバンネット札幌リンクタワー HooK 4F(北海道札幌市中央区北1条西5丁目1-4)※オンライン参加枠もあります 登壇者:株式会社EQUES 北海道支社長 岸本 悠佑 主催:AI Robot Japan 参加費:無料(先着順) 参加お申込みは、connpassのイベントページから受け付けています。 AIとロボティクスの「つくって動かす」最前線に触れられる機会です。皆様のご参加を心よりお待ちしております。 イベント詳細・お申込みはこちらから
2026.10.05 楢葉町オフィス開設のお知らせ ― 福島・浜通りから「原子力×AI」の社会実装を推進
株式会社EQUESは、2026年9月8日、福島県双葉郡楢葉町に「楢葉町オフィス」を開設しましたので、お知らせいたします。 楢葉町オフィスは、福島・浜通り地域で原子力産業とAI技術の社会実装を推進する拠点です。EQUESは、東京大学松尾研究室を起点とするAIスタートアップとして、最先端の機械学習・生成AI技術を活用し、企業や社会が抱える課題を現場とともに解決する「伴走型技術開発」を行っています。2026年には、原子力産業を含むエネルギーインフラを対象とした「エネルギーAI事業」を開始しました。今回の拠点開設は、その取り組みを浜通りの現場からさらに加速させるものです。 「原子力×AI」の社会実装を福島から 福島県浜通り地域は、東日本大震災と原子力災害からの復興という大きな課題に向き合いながら、廃炉、エネルギー、ロボット、製造業など、新たな産業・技術の集積に向けた取り組みが進められている地域です。 原子力産業には、施設・設備の高度な保守、安全性の確保、熟練技術者の不足と技術継承、厳格な規制・品質管理など、AIによって解決・高度化できる可能性を持つ課題が数多くあります。EQUESは楢葉町を起点に、原子力関連企業、行政、研究機関、大学、地域企業等との連携を進め、「AI研究」から「現場実装」へと技術をつなげてまいります。 楢葉町オフィスで注力する3つの領域 フィジカルAIによる原子力現場の高度化:ロボットとAIを組み合わせたフィジカルAIにより、人が立ち入りにくい環境や高い安全性が求められる現場での点検・調査・保守作業の高度化・省人化を目指します。現在、株式会社クフウシヤ、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)、東京大学 工学系研究科などと共同で、福島第一原子力発電所の廃炉に向けた高線量環境下での遠隔作業を支援するフィジカルAIロボット技術の開発に取り組んでおり(詳細はこちら)、楢葉町オフィスをその研究・実証の拠点として活用します。 AIによる原子力設備の予兆検知・保全高度化:設備データやセンサーデータ、運転ログをAIで解析し、人だけでは捉えにくい異常兆候を検知することで、予防保全・予知保全を高度化します。設備トラブルの未然防止、保守業務の効率化、現場の安全性向上を目指します。 説明可能AIによる規制・安全対応:原子力産業では、AIが「なぜその判断をしたのか」を説明できることが重要です。判断根拠を可視化し、監査・報告に対応できる説明可能AI(Explainable AI)の開発を進め、厳格な安全基準・規制環境を前提としたAIで、原子力産業に求められる信頼性と透明性の確保を目指します。 楢葉町との連携を通じた地域共創 EQUESは楢葉町オフィスを、営業・開発の拠点にとどまらず、地域との共創を生み出す拠点として運営してまいります。楢葉町や地域企業、原子力関連企業、研究機関、大学等との連携を通じて、原子力・廃炉分野でのAI活用、生成AIを活用した技術継承、AI人材の育成、地域企業のDX・AI活用支援などに取り組みます。また、廃炉現場で培われるロボット・AI・センシング・デジタルツインなどの技術は、エネルギーインフラ全体の安全性・生産性向上、さらには製造業・化学・医薬など高い安全性と説明責任が求められる他の規制産業へも展開できると考えています。「原子力×AI」の社会実装を、福島・楢葉町から。EQUESは楢葉町を起点に、日本、そして世界の原子力・エネルギー産業に貢献するAI技術の創出を目指します。 楢葉町オフィスの概要 名称:株式会社EQUES 楢葉町オフィス 開設日:2026年9月8日 所在地:〒979-0513 福島県双葉郡楢葉町山田岡堂ノ下6-4 CODOU 201 主な機能:原子力・エネルギーAIの研究開発/フィジカルAI・ロボット技術の社会実装/原子力設備の保全・点検高度化/廃炉現場におけるAI技術の実証/原子力関連企業・研究機関との共同研究/AI・DX人材の育成/地域企業との共創・事業開発 楢葉町オフィスは、一般社団法人ならはみらいが運営する起業・移住支援施設「ならはスタートアップ・プレイス CODOU(コドウ)」内に開設しました。 CODOU公式サイト:https://codou.narahamirai.com/ 原子力・エネルギー分野でのAI活用に関するご相談は、下記よりお気軽にお問い合わせください。福島・浜通りの企業・行政・研究機関の皆さまとご一緒できる日を、社員一同楽しみにしております。 お問い合わせはこちらから
Service
EQUESは、高い専門性による創出力を、現場への価値変換力とスピードによって、
シームレスに産業へとつなげることを強みとしています。
EQUESは多くの企業とパートナーシップを結んでいます。 ※一部抜粋
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【スカパーJSAT】静止軌道衛星の軌道保持業務にAIを。「マヌーバ計画立案」の判断支援に挑む概念実証
2026.10.06
■導入会社の紹介 スカパーJSAT株式会社様は、宇宙事業とメディア事業を両輪として展開する企業です。宇宙事業では静止軌道衛星や低軌道衛星など…
【NEDO「量子コンピュータを用いた社会問題ソリューション開発」に採択】量子最適化技術による多剤耐性菌(MDRO)への新たな治療戦略の確立
2026.09.04
株式会社EQUES(本社:東京都文京区、代表取締役:岸 尚希、以下EQUES)は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NED…
経済産業省「廃炉・汚染水・処理水対策事業費補助金」に採択 ― 過酷環境下の遠隔作業に向けたフィジカルAIロボット活用技術の共同開発を開始
2026.07.23
株式会社EQUES(本社:東京都文京区、代表取締役:岸 尚希、以下EQUES)は、株式会社クフウシヤ、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構…
Member
東京大学大学院.ex 松尾研プロジェクトマネジャー.
松尾研起業クエスト1期生.
松尾研チーフAIエンジニアとして企業との共同研究に従事.その後,現実世界と情報学の融合を志し,計数工学科在学時にEQUESを創業.専門はシステム情報学,特にテラヘルツ波通信とハプティクス(触覚技術).
東京大学大学院. ex 松尾研プロジェクトマネジャー
松尾研起業クエスト2期生.産総研「覚醒」事業採択.
AIビジネスコンテスト全国優勝後,計数工学科で現CEO岸と出会いEQUESを創業.
専門は数理情報学であり,クラスタリング最適化や医療AI分野の研究でトップジャーナルや国際会議に採択されている.
Advisor
松尾 豊
技術顧問
2007年より,東京大学大学院工学系研究科准教授. 2019年より教授. 専門分野は,人工知能,深層学習,ウェブマイニング. 人工知能学会からは論文賞(2002年),創立20周年記念事業賞(2006年),現場イノベーション賞(2011年),功労賞(2013年)の各賞を受賞. 2020-2022年,人工知能学会,情報処理学会理事. 2017年より日本ディープラーニング協会理事長. 2019年よりソフトバンクグループ社外取締役. 2021年より新しい資本主義実現会議 有識者構成員. 2023年よりAI戦略会議座長.
Column
衛星運用へのAI活用|軌道保持・異常検知・計画立案【2026年】
2026.10.30
記事の要約 衛星運用とは、打ち上げた衛星の状態を地上から見守り、計画を立てて指令を送る日々の仕事です。AIは撮影の計画案づくりや異常の兆しの検知、軌道を直す噴射の比較などを支えます。 本記事の4事例のうち実運用と確認できたのは、Starlinkが数値の基準で自動判定する衝突回避(AIとは呼ばれていない)で、ほかは研究・実証・試験の段階です。 静止衛星は少しずつずれるため定期的な噴射で位置を保ちます。燃料は補給を前提にできず噴射は取り消せないため、AIが案と予測を出し、人が採否を決める分担が現実的です。 宇宙ビジネスの資料で「衛星運用」という言葉を見かけても、打ち上げた後の衛星に地上で何をしているのかは、思い浮かべにくいものです。 実際には、地上の運用者が毎日、衛星の状態を確かめて指令を送っています。軌道上の衛星が急増したいま、この仕事のどこにAIを入れ、どこまで任せられるかが国内外で試されています。 本記事では、運用者の仕事を7つの工程に分けたうえで、国内外の事例と、軌道保持(=噴射でずれを直し、決めた位置を保つこと)でのAIの使い方、導入の課題を解説します。東京大学松尾研発のAIスタートアップとして、軌道保持でAIの概念実証(PoC)を手がけた弊社の視点も交えます。 読み終える頃には、衛星運用のどの工程からAIを試すべきかを判断できるはずです。 人工衛星の運用とは?7つの工程とAIが入る場所 人工衛星の運用(衛星管制)とは、打ち上げた衛星が役目を果たし続けられるよう、地上から状態を見守り、指令を送って動かす仕事です。衛星は、打ち上げた後に自分だけで仕事を続けているわけではありません。どこを撮影するか、いつデータを地上に送るか、ずれた軌道をいつ直すかは、運用者が決めて送り込んでいます。 仕事の基本は、計画を立てて指令(コマンド)を送り、衛星から届いた状態データを評価して、次の計画に戻す循環です。この状態データをテレメトリ(=機器の電圧や温度などの記録)と呼びます。JAXA筑波宇宙センターの衛星管制も、計画・運用・評価の3つの業務をこの順に回しています。 この流れに沿って、地球観測衛星の運用者の1日を追ってみましょう。まず、利用者から届いた「いつ・どこを撮りたいか」という要求を突き合わせて調整し、通信に使う地上局のアンテナを確保します。送る指令は前もってまとめ、食い違いがないか(例えば、撮影の予定と同じ時間帯に軌道を直す噴射が入っていないか)を確かめておきます。 低い軌道を回る衛星が地上局と直接通信できるのは、上空を横切る1回あたり数分から十数分だけです。運用者はこの短い時間に指令を送り、届いたテレメトリを監視します。 通信が終わると、機器が予定どおりに動いたかを確かめ、季節による変化も含めた長い期間の傾向を追います。いつもと違う動きがあれば状況を調べ、次の計画に反映します。 軌道を保つ作業も欠かせません。低軌道の衛星は、宇宙にわずかに残る大気の抵抗で少しずつ高度が下がるため、位置を測って軌道を直す制御を定期的に行います。静止衛星は地上局から常に見えるため監視が途切れなく続き、ずれていく位置を噴射で直す軌道保持が定期的に入ります。 この循環を工程に分けると、次の7つです。 工程主な作業人手が苦しくなる理由AIの余地1. 運用計画の立案撮影などの要求の調整、地上局の確保要求と制約の組み合わせが膨大になる計画案の作成2. コマンド送信通信できる時間に指令を送る送信前に確かめる時間が短い矛盾のチェック3. 状態データ(テレメトリ)の監視機器の電圧や温度などの監視項目が機数に比例して増える多数項目の同時監視4. 評価・異常検知動作確認、異常時の状況把握項目どうしの関係の崩れは目で追いにくい異常の兆候の検知5. 軌道決定・軌道制御軌道を求め、位置を保つ噴射を計画候補の比較に経験が要る噴射の候補案と予測6. 衝突回避接近の評価と回避の計画接近の組み合わせが急増する判定と計画の自動化7. 運用終了軌道から外すか、安全な軌道へ移す故障の見通しで時期が変わる終了時期の見積もり このうち人手が先に限界を迎えるのは、監視と衝突回避です。2025年には4,000基を超える衛星などが軌道に入り、打ち上げは1日あたり約10基のペースで続いています。 監視するデータは自社の衛星の数に比例して増えますが、接近を調べる組み合わせは、自社の衛星の数と、周りを飛ぶ衛星や宇宙ごみ(デブリ)の数の掛け算で増えます。周りにも年4,000基超の衛星などが加わるため、衝突回避の判定は監視より速く膨らみ、人が1件ずつ確かめる運用では追いつきません。 ここに自動化の出番がありますが、AIに任せる範囲は工程ごとに決めるのが出発点です。例えば、接近の判定は衝突確率などの数値で線を引けますが、軌道保持の噴射は範囲・観測の予定・燃料の兼ね合いで決まり、1つの数値で線を引けないため、同じ任せ方はできません。 参照元:宇宙技術開発株式会社「衛星運用者における取り組み」(総務省の検討会資料、2022年2月)/JAXA「データ中継技術衛星『こだま』」(パンフレット)/NEC「人工衛星の軌道制御」(2025年1月)/ESA「ESA Space Environment Report 2026」(2026年9月) 衛星運用AIの事例4選|実証・試験と実運用を分けて見る 衛星運用AIの事例は、実証・試験の段階か、実運用かで読み方を変える必要があります。実証の成果は「できる見込み」で、日々の運用で使われている証拠ではないためです。ここでは、異常の検知、計画の立案、衝突の回避という3つの場面から、国内外の4件を見ていきます。 1. JAXA・JR西日本・スカパーJSAT:鉄道の故障予測AIで衛星の異常兆候を検知(実証段階) JAXAとJR西日本は2022年10月から、鉄道の故障予測AIを衛星の状態データに応用してきました。2024年5月には累計30機以上の運用実績を持つスカパーJSATが加わり、実運用中の衛星への適用を目指す実証実験の開始を発表しています。 従来の監視は、電圧や温度といった項目ごとに上限と下限を決め、値がその外に出たら警報を出す方式です。この方式では、どの値も範囲内に収まっている間は、項目どうしの関係が崩れ始めていても警報は鳴りません。 そこで共同の取り組みでは、複数の状態データの相互関係を可視化し、故障や異常の兆候を検知するAIモデルを複数作りました。例えば、太陽の当たり方に応じて太陽電池の電流と機器の温度がそろって上下する衛星で、電流はいつもどおりなのに温度だけが少し高い日が続いたとします。 どちらの値も範囲内ですが、普段の関係からは外れています。仕組みの一例は、平常時のデータから「この電流ならこの温度」という対応をAIに学ばせ、実測の温度が予想から大きく外れたら知らせるものです。こうした「いつもと違う」を早めに示せれば、運用者は故障に至る前に原因を調べ、予備の機器への切り替えなどを検討できます。 2. NEC:熟練者の判断を学ぶ意図学習で観測要求の作成を自動化(研究・試験段階) NECは小型レーダ衛星「ASNARO-2」を題材に、「いつ・どの地点を撮影するか」をまとめる観測要求の作成の自動化を研究しました。観測要求は、膨大な撮影候補の中から、衛星の設計上の制約と利用者どうしの依頼の競合を総合的に判断して作る難しい作業で、こなせる運用者は限られていました。関心のある地域は情勢や災害で変わるため、撮影地点を素早く選び直す必要もあります。 そこでNECは、膨大な撮影候補から観測要求に入れる候補を選ぶ作業を、条件を満たす中で最も良い組み合わせを探す問題(組み合わせ最適化)として式にしました。何を「良い」とするかの指標は、候補の特徴ごとに重みを掛けて足し合わせた値で表し、その重みを、熟練運用者の作成記録から意図学習で学ばせています。 その結果、熟練の運用者の意図(候補を選ぶときの判断)を再現する精度は94%となり、観測要求の作成は、熟練の運用者で120分かかっていたものが、非熟練者でも20分になりました。計画立案は人の経験に頼る工程の代表で、作業の記録が残っているほどこの型のAIに向きます。 組み合わせを式にして解く手法は「数理最適化の事例8選|ビジネスでの使い方とAIとの組み合わせ」で解説しています。 3. ESA:衝突リスクの評価と回避計画を自動化する「CREAM」(地上試験段階) 衛星どうしの接近は、観測網による宇宙状況把握(SSA)で予測し、警報を出します。2019年時点で、低軌道の一般的な衛星には毎週数百件の警報が届いていました。 ESA(欧州宇宙機関)の低軌道の衛星では、1機あたり週2件ほどが分析担当者の詳しい確認を要しました。担当者は、位置の予測に含まれる誤差まで考えて衝突の確率を数時間かけて見積もり、およそ1万分の1を超えれば回避の噴射を準備します。その噴射で別の物体に近づかないかも確かめます。 この手間を減らすため、ESAはCREAM(Collision Risk Estimation and Automated Mitigation=衝突リスクの見積もりと回避の自動化)で、接近の評価から回避計画の作成、意思決定の支援までの自動化を進めています。2025年8月時点では地上で試験運用中で、警報の発出と回避計画の作成はすでにでき、軌道上の実証を準備しています。 なお、ESAは2019年に機械学習を使う準備を進めていると発表していましたが、2025年8月の紹介記事はCREAMをAIや機械学習とは書いていません。次のStarlinkと同じく、AIと明記されていない自動化です。 4. SpaceX(Starlink):衛星搭載の衝突回避システムで半年に約20万回の回避(実運用) Starlinkは、衝突確率が1,000万分の3を超えたら回避する基準に、最接近距離による基準も加えて運用されています。確率の基準は業界標準とされる1万分の1より300倍以上厳しく、2025年12月から半年間の回避噴射は約20万7,000回、1日あたり約1,100回に上ります。 基準を厳しくするほど回避は増え、人が1件ずつ承認できる規模を超えます。基準が数値なら機械が毎回同じ判定を下せるため、衛星の搭載システムが回避の噴射まで実行できます。報告はこの仕組みをAIとは呼んでいません。 4件のうち実運用と確認できたのは、基準を数値で決められ、件数が膨大な衝突回避でした。何を異常とみなすかを数値で決めにくい異常検知は、AIの判定を人が確かめ続けるため、実運用へ移るまで時間がかかりやすくなります。 では、自社はどの工程から試せばよいのでしょうか。出発点は、判断の回数が多く、過去の計画と結果の記録が残っている工程です。記録があればAIの出力を人の判断と比べて採点でき、回数が多いほど比べる機会も増えます。最初はAIに材料を出させて人が判断し、食い違いの記録を重ねながら、基準を数値にできた部分から自動化へ移すのが安全です。 進め方は「自立型AIとは?仕組み・生成AIとの違い・導入4ステップを解説」で解説しています。 参照元:JAXA「鉄道の故障予測AI技術を宇宙機へ活用するため事業共同実証活動を開始」(2024年5月)/NEC「人工衛星運用における自動化・省力化技術」(NEC技報 2021年8月)/ESA「Automating collision avoidance」(2019年10月)、「CREAM: avoiding collisions in space through automation」(2025年8月)/SpaceX「SpaceX Gen 1 and Gen 2 Semi-Annual Reports」(米連邦通信委員会提出、2026年7月) 衛星軌道の保持とAI|計画案を出し、人が判断する理由 軌道保持とは、少しずつずれていく衛星の位置を、小型エンジン(スラスター)の噴射で定期的に直し、決められた範囲にとどめておく作業です。静止軌道の衛星では、この噴射の計画づくりでAIが計画案と結果の予測を出し、運用者が採否を決める分担が現実的です。現状では燃料の補給を前提にできず、誤った噴射を取り消せないためです。 定期的な噴射と燃料の制約が、判断を人に残す 静止衛星は、赤道の上空約3万6,000kmを地球の自転と同じ周期で回るため、空の一点に止まって見えます。家庭の衛星放送のアンテナが向きを固定したまま受信できるのも、この性質のおかげです。ところが実際には、太陽と月の引力や地球が完全な球でないことなどで少しずつずれ、放っておくと止まって見えなくなります。 ずれには東西と南北の2方向があります。南北のずれは、軌道の面が赤道からわずかに傾くことで生じます。傾いた軌道を回る衛星は、1日のうちに赤道の北側と南側を行き来するため、地上からは南北に揺れて見えるのです。 気象庁の資料では、ひまわり8号・9号の位置を、東西は経度のずれ±0.05度以内(静止軌道上の距離で約37km)、南北は軌道の傾き±0.1度以内に保つとしています。この範囲に収めるため、南北の軌道制御は隔週の月曜、東西は隔週の木・金曜に予定され、そのたびに地球全体の観測を1回休みます。 制御に使う燃料は衛星に積んだ分しかなく、尽きれば機器が正常でも位置を保てません。噴射のたびに、観測時間と衛星の残り寿命を使っています。 では、1回の軌道制御はどのように進むのでしょうか。まず、地上局からの距離の測定などをもとに、いまの軌道を求めます(軌道決定)。次に、このまま進むといつ範囲を外れるかを予測し、噴射の時刻・向き・量を変えた候補をいくつも作ります。 候補ごとに噴射後の軌道を計算し、次の制御まで範囲内に収まるか、観測や通信の予定とぶつからないか、燃料をどれだけ使うかを比べて1つに決めます。噴射の結果は計算どおりにぴったりとはならないため、噴射の後は軌道を測り直し、予測とのずれを次の計画に反映します。 AIが力を発揮しやすいのは、候補を多く作って比べる段階と、過去の計画と実績のずれから補正を提案する段階です。噴射後に軌道がどう変わるかは、物理法則に基づいて予測します。そのうえで、どの候補を出し、前回の実績をどう次に生かすかの判断材料を、過去の運用データや知見から示すのがAIの役割です。 一方で、軌道保持の失敗の記録は少なく、AIに危ない案を見分けさせる学習はほとんどできません。そのため、案の前提と予測が示され、運用者が確かめられなければ承認できません。向きを誤った噴射で範囲を外れれば、戻すためにさらに燃料を使い、その分だけ寿命が縮みます。採否を人に残すのは、誤りの代償が燃料と寿命で払われるからです。 スカパーJSATとの概念実証で確かめたこと 弊社はスカパーJSATと共同で、静止軌道衛星の軌道保持を対象にAIの概念実証を行いました。同社では、エンジニアが軌道制御のパラメータを調整しながら複数の候補から最適な噴射計画を選んでおり、候補案の生成から実績を踏まえた次回計画への反映まで、経験と知識が求められます。 検証したのは、先ほどの流れのうち、AIが噴射の候補案と、実績を踏まえた補正案を示せるかです。エンジニアを置き換えるのではなく、AIの出力をエンジニアがレビューする前提で、妥当性・一貫性・説明可能性(=案の根拠を示せること)・再現性・運用負荷を評価の観点としました。 とくに重視したのは、候補案の根拠や前提条件、運用上の制約との整合性を、エンジニアが確かめられることです。現場に導入するには、過去のデータの分析に加えて、物理法則に基づく軌道変化の予測と、その妥当性を担当者が適切に評価できる仕組みが欠かせないためです。 その結果、AIの情報提示と人の判断を組み合わせた運用支援の可能性と、実運用への適用に向けた課題を確認しました。とくに、AIの出力をエンジニアが確認し、既存の業務プロセスの中でどう活用できるかについて、検証すべき論点が明確になってきています。現時点は、本格的な運用適用を判断する段階にはありません。 参照元:気象庁「静止地球環境観測衛星(ひまわり8号及び9号)の概要等」、気象衛星センター「衛星保守に伴う観測休止」(いずれも2026年10月閲覧)/株式会社EQUES「【スカパーJSAT】静止軌道衛星の軌道保持業務にAIを。」(2026年10月)、「スカパーJSATとの共同PoC実施のお知らせ」(2026年10月) 衛星運用AIの課題4つと、怠ると起きること 衛星運用AIの課題は、精度より「誤ったときに取り返せるか」に集まります。打ち上げた衛星は手元で直せず、判断の誤りが燃料や機体の損失に直結するためです。 課題怠ると起きること先に決めておくこと説明責任運用者が採否を決められず、手で計算し直す計画案に前提と予測結果を添える検証データの少なさ学習時に無かった異常を見逃す過去の異常記録と模擬データで評価する誤った操作の影響不要な噴射で燃料を失い、寿命が縮む実行は人が承認し、範囲を段階的に広げるセキュリティ改ざんされた入力が誤った指令につながるAIの出力を承認なしで衛星への指令に流さない 1つ目の説明責任は、軌道保持の節で見たとおり、AIの案の前提と予測を運用者が確かめられるかどうかです。確かめられなければ手で計算し直すことになり、作業は減りません。 2つ目は検証データの少なさです。異常はめったに起きないため、学習や評価に使える異常の記録はわずかです。平常時のデータだけで精度を測っても、異常時の性能は確かめられません。過去の異常記録に加え、模擬的に作った異常のデータも評価に使います。 3つ目の誤った操作の影響には、実行を人が承認し、任せる範囲を段階的に広げることで備えます。国内でも2025年2月に内閣府が衝突防止の方策の一例を示すガイドラインを定め、宇宙活動法の許可(人工衛星の管理)の対象で、軌道を変える能力を持つ衛星の運用者に、衝突リスクの把握や回避の運用体制の提示を求めています。AIを組み込むなら、どの入力で判断し、誰が承認するかまで体制に書き込めるかが問われるでしょう。 4つ目のセキュリティで守るべきなのは、AIへの入力です。入力データの質がそのまま判断の質になるため、改ざんに限らず、不正確さや遅れも判断を狂わせます。Starlinkでも半年間に回避で狙いどおりに危険を下げられなかった22件はすべて、相手物体の軌道予測の不正確さや遅れ(19件)か、接近警報の配信の遅れ(3件)が原因でした。 相手の予測が不正確なら回避しても危険は下がらず、届くのが遅れれば判定自体が間に合いません。判定をどれほど自動化しても、入力の出どころと遅れを監視していなければ、誤りや改ざんに気づけません。 こうした課題を本番の前に確かめられるよう、弊社はAI PoCサービス「ココロミ」(スリムプラン月々99万円〜・スタンダードプラン月々250万円〜、2026年10月時点)を提供しています。 前述の概念実証も、噴射計画の立案という一工程にココロミを当てはめ、役立つかを確かめる取り組みです。一工程に絞ったPoCのほか、提携や共同研究のご相談もお問い合わせからお寄せください。 検証の進め方は「PoC検証とは?目的と3つの観点・進め方・成功事例を解説」で解説しています。 参照元:SpaceX「SpaceX Gen 1 and Gen 2 Semi-Annual Reports」(2026年7月)/内閣府「人工衛星等との衝突防止に係るガイドラインの制定について」(2025年3月) ココロミ の詳細はこちら 衛星運用AIに関するよくある質問 Q. 他の業界のAI技術を、衛星運用に使えますか? 使える場合があります。事例1では、鉄道の故障予測AIが衛星の状態データに応用されています(実証段階)。ただし衛星は手元で直せず、異常の記録は少なく、噴射も取り消せないため、こうした条件に合わせて評価をやり直す必要があります。 Q. 宇宙ごみ(デブリ)対策とはどう関係しますか? 衝突回避に加え、運用終了でも関係します。制御できるうちに軌道から外せるかが、デブリを増やさない条件だからです。SpaceXは故障を待たず、長期の信頼性予測に基づいて衛星を軌道から外す方針です。 Q. 衛星運用AIはどこから始めればよいですか? 判断の回数が多く、過去の記録が残っている工程が近道です。軌道保持なら過去の噴射計画と結果が、AIの出力を採点する物差しになります。異常検知は異常の記録が少ないため、平常時の記録に模擬的な異常を加えて評価します。少人数で多数の衛星を回す小型衛星の事業者なら、監視と通信時間の割り振りも候補です。 参照元:SpaceX「SpaceX Gen 1 and Gen 2 Semi-Annual Reports」(2026年7月) まとめ 件数が多く基準を数値にできる工程は自動化へ、取り返しのつかない判断は人の承認を残した支援へと分けるのが、現実的な線引きです。 衛星運用は計画・指令・評価を回し続ける仕事で、衛星の増加で監視と衝突回避の負担が先に膨らむ 本記事の事例で実運用と確認できたのはStarlinkの衝突回避で、ほかは研究・実証・試験の段階 静止軌道の軌道保持では、AIが計画案と予測を出し、人が採否を決める分担が現実的 どの工程から試すべきか迷われている段階でも、お気軽にご相談ください。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 執筆:株式会社EQUES(東京大学松尾研発のAIスタートアップ。製薬・製造業のAI開発と、AI PoC「ココロミ」・AI相談「AI×DX寺子屋」を提供) 衛星運用の一工程から、AIを試しませんか AI PoCサービス「ココロミ」が、現状分析から検証・評価、アクションプランの策定まで伴走します。まずは無料相談からどうぞ。 無料で相談する ココロミを見る
フィジカルAI導入の課題5つと解決策|学習データ・安全性の壁
2026.10.30
記事の要約 フィジカルAI導入の課題とは、AIが現実の機械を動かすときに生じる壁のことで、学習データ・シミュレーション・安全性・コスト・人材の5つに分けると打ち手を選べます。 ロボットの動作データは人が手本を見せて1回ずつ記録するため集めにくく、まず1つの作業に絞って失敗まで残します。シミュレーションで学んだ動きの合否は実機で決めます。 安全面では、柵などの措置の義務は導入企業にあり、柵なしの協働はリスクアセスメントに基づく措置やISO 10218適合で可能になります。AIの判断と安全機能は分けて設計します。 「デモでは動いたロボットが、自社のラインでは部品をつかみ損ねる」「柵を外して人の隣で動かせるのか、誰も判断できない」。 フィジカルAIの導入を検討し始めた製造・物流の現場で、よく聞く声です。「データが要る」「安全が大事」とは分かっていても、学習データがなぜ集めにくいのか、安全のルールが具体的に何を求めるのかが見えなければ、次の一手を決められません。 本記事では、フィジカルAIロボットの共同開発に参加する東京大学松尾研発のAIスタートアップとして、フィジカルAI導入の課題を5つに分け、壁になる仕組みと打ち手を、安全規制などの一次情報をもとに解説します。読み終えたときには、自社の壁と、最初に確かめることが見えているはずです。 フィジカルAI導入の課題が生成AIと違う理由 フィジカルAI導入の課題が生成AIと違うのは、AIの出力が文章ではなく、機械の動作になるからです。フィジカルAIとは、カメラやセンサーで周りの状況をとらえ、AIが次の動きを判断して、ロボットなどの機械を実際に動かすAIのことです。 生成AIの文章は、人が読んでから使うため、誤りがあっても使う前に直せます。一方、フィジカルAIの動作は人が確かめる前に実行され、つかみ損ねた部品は床に落ち、ぶつかった腕は設備や人を傷つけます。起きた動作は取り消せません。 このため、確かめる対象は「答えの正しさ」から「動作の安全と再現性」に広がります。何回に1回失敗し、そのとき何が起きるかまで調べることになり、生産技術や安全管理の担当者も加わります。確かめる項目と関係者が増えるぶん、本番に必要な費用と体制を説明しにくくなります。 実際、製造・物流などのCxO200人への調査では、回答した企業のうち本番稼働に至ったのは7.5%にとどまり、71.5%はまだ着手していません(ローランド・ベルガー)。理由にはROIが見通せないことや人材・ノウハウの不足が挙がっており、どちらもAIの性能を上げるだけでは解決しない問題です。 そこで導入は、どのモデルを選ぶかより先に、失敗したら誰が直すか、年間いくらかかるかといった運用の設計から進めるのが要点です。性能比べから入ると、PoC(=本番前に小さく試す検証)で動いても、稟議でこの2つを問われて答えられず、止まりやすいためです。 フィジカルAIの定義や仕組みは「フィジカルAIとは?仕組み・生成AIとの違い・日本の動向2026」で解説しています。 参照元:ローランド・ベルガー「日本企業がフィジカルAIをPoCで終わらせない4つの条件」(2026年8月) フィジカルAI導入でつまずく5つの課題と解決策 フィジカルAI導入の課題は、次の5つに分けると打ち手を選べます。壁ごとに原因も、手を打つ担当者も違うためです。 学習データ:デモでは動くのに、自社の部品だと失敗する シミュレーション:仮想空間での成功率が実機で再現しない 安全性:柵を外せるのか、誰も判断できない コスト:本番の見積もりが出せない 人材:AI・機械・現場をつなぐ人がいない 5つの壁は互いにつながっています。学習データが足りないほどシミュレーションに頼り、仮想と現実の差が残るほど安全の評価と例外対応がかさみ、その手間が費用の見通しを立てにくくします。データの取り方や安全の条件を決めるには、AI・機械・現場をまたいで判断できる人も要ります。 1. 学習データの不足 ロボットの動きを学ぶデータは、文章や画像のようにWebから大量には集められません。学習には主に、カメラに映った様子と、そのときロボットがどう動いたかを対にした記録を使います。AIはそこから「こう見えたら、こう動く」を覚えますが、こうした記録は、誰かが作業をやって見せない限り生まれません。 代表的には、人がロボットを遠隔操作して手本を見せ、1回ずつ記録します。人が手持ちのつかみ具で作業して手本を集める方法も研究されていますが(UMI)、どちらも人が作業する時間がかかります。AIロボット協会(AIRoA)は44台のロボットを遠隔操作し、「物をつかむ」「棚に置く」といった短い動作を積み重ねて約5,025時間分を集めるのに、10か月ほどかけました。 では、公開データで足りるでしょうか。他の場所、他のロボットで集めたデータには、自社の部品の形や材質、治具、照明の条件が入っていません。AIは記録にない条件では動きを再現しにくいため、デモで迷いなく部品をつかんだロボットが、自社のラインでは光沢のある金属部品をつかみ損ねる、といったことが起きます。 そこで、データを使い分けます。AIRoAの約5,025時間は、さまざまな作業をこなすロボット基盤モデル(=多くの作業の土台になるモデル)を育てるための量で、1社の現場では、こうした土台のモデルに自社の作業の少量のデータで追加学習させます。1つの作業なら必要な量はずっと少なく、研究室の条件ながら、10分ぶんの手本で電池の差し込みなどの細かい作業を80〜90%の成功率でこなした例もあります(ACT)。 打ち手は、全工程ではなく1つの作業に絞り、失敗の記録まで残すことです。AIRoAの公開版は成功した動作だけを収めており、自社の現場で失敗する条件は、自社で試して記録しない限り分かりません。失敗の記録は、AIの弱点を測る材料になるうえ、つかめたかどうかを見分けてやり直させる仕組みづくりにも使えます。 記録には照明や部品のロット、置き方も添えておくと、失敗が偏る条件が分かり、次に集めるデータを絞れます。最初は10分ぶん程度の手本で学習させて成功率を測り、届かなければ、失敗が残る条件に絞って手本を足していきます。 参照元:一般社団法人AIロボット協会「AIRoA MoMa 5k」(2026年7月)/AIロボティクスに関する関係府省連絡会議「AIロボティクス戦略」(2026年3月決定・5月一部変更)/Tony Z. Zhao ほか「Learning Fine-Grained Bimanual Manipulation with Low-Cost Hardware」(2023年4月)/Cheng Chi ほか「Universal Manipulation Interface」(2024年2月) 2. シミュレーションと現実の差 シミュレーションで学んだ動作は、現実でそのまま再現しないことがあります。シミュレーションとは、工場とロボットをコンピューターの中に再現し、仮想のロボットに作業を試させる方法です。実機を壊す心配がなく、同じ作業を何千回でも試せるため、集めにくい学習データを補う手段として使われています。 仮想でうまくいった動きが現実で崩れるのは、仮想空間の物理や見え方が現実の近似だからです。指先と部品の間の摩擦、袋やケーブルのように形が変わる物の動き、照明の当たり方、センサーの雑音は、いずれも現実より単純化されています。AIはこの単純化された世界の癖まで覚えてしまうため、仮想で成功したつかみ方が実機では滑る、といった差が生まれます。この差を、Sim2Realギャップと呼びます。 打ち手は、シミュレーションを、実機で試す前に失敗を重ねておく場として使い、合否は実機で決めることです。仮想空間では、照明や色、部品の置き方、摩擦をわざと大きくばらつかせて学ばせます。さまざまな条件で成功する動きを覚えさせておけば、現実の条件もそのばらつきの一つとして扱いやすくなるためです。 そのうえで、同じ作業を仮想と実機の両方で試し、成功率の差を測ります。差が小さければ仮想での試行を増やしてよく、大きければ実機の記録から崩れる条件を突き止め、摩擦や部品の重さなどを実測して仮想側に入れ直すか、実機のデータを足します。 3. 安全性の確保と責任の所在 人の近くでロボットを動かせるかは、国内では労働安全衛生規則が基準です。駆動用モーターの定格出力が80Wを超える産業用ロボットは(80W以下は告示で対象外)、人が接触して危険が生じるおそれがあれば、柵や囲いなどの措置が要ります(第150条の4)。工場のロボットが柵に囲まれているのは、この規定があるためです。 柵を外して人と同じ空間でロボットを動かす協働作業については、2013年12月の通達が、可能になる場合を2つ明確にしました。リスクアセスメントに基づく措置で危険のおそれが無くなったと評価できる場合と、国際安全規格ISO 10218に沿って設計・製造・設置された場合です。 リスクアセスメントで進める場合は、腕が当たったときの力と勢い、腕と周りの設備の間に人が挟まれて動けなくなるおそれ、腕の突起や鋭い部分に特に注意して、けがの重さと起こりやすさを見積もります。評価の結果は記録して保管します。 見積もりには目安もあります。挟まれについては、腕と周りの構造物の間隔を500mm以上とるか、挟まれても動力なしに人の力で外せるなら、危険のおそれが無いと判断できる一例です。力と勢いについては、ISOの技術仕様書TS 15066で人に危害を加えないとされる数値以下に、制御に頼らず構造の上で収まることが担保される場合が一例になります。 ISO 10218に沿う場合は、設計者・製造者・設置者が技術ファイル(=設計図や試験結果、リスクアセスメントの手順などをまとめた記録)と適合宣言書を作ることが条件です。通達が基準に挙げるのは2011年版で、2025年2月の改訂版だけで宣言された製品の扱いは書かれていません。調達時は宣言書の版を確かめ、2011年版に当たらなければ、リスクアセスメントに基づく措置で評価できるかを検討します。 責任の所在では、柵などの措置の義務は、契約にかかわらず事業者(導入企業)にあります。契約で決めるのは、技術ファイルと適合宣言書の作成分担です。設置者は設置の安全条件に責任を持つ者を指し、導入企業・設置業者・メーカーのいずれもなり得るため、分担は発注前に決めておきます。 AIで動くロボットに特有なのは、安全の評価の前提が変わり得ることです。教えた動きを繰り返す従来のロボットと違い、学習データやモデルを更新すると同じ場面での動き方が変わり得るため、導入時の評価が更新後も有効とは限りません。更新したときに誰が再評価するかも、発注時の契約で決めておきます。 打ち手は、AIの判断と、速度・力・作業範囲を制限する安全機能を分けて設計することです。どの部品をどう取りに行くかはAIが決めても、人が近づいたら減速し、決めた力や範囲を超えたら止める上限は、ロボットコントローラーの安全機能や人の接近を検知する安全レーザースキャナなど、AIとは別の仕組みが受け持ちます。AIの判断が変わっても上限は変わらないため、更新のたびに評価を作り直す範囲を減らせます。 制度面では、政府の「AIロボティクス戦略」(2026年)が、AIロボットの安全性認証制度の整備を掲げ、認証への対応を要件とするなど、導入支援策と連動させる方針を示しました。補助を使う導入では、この動きを追う必要があります。 参照元:厚生労働省「産業用ロボットと人との協働作業が可能となる安全基準を明確化しました」(2013年12月、掲載ページ)/労働省「労働安全衛生規則第三十六条第三十一号の規定に基づく厚生労働大臣が定める機械」(1983年6月告示第51号)/ISO「ISO 10218-1:2025」「ISO 10218-2:2025」(2025年2月)/AIロボティクスに関する関係府省連絡会議「AIロボティクス戦略」(2026年3月決定・5月一部変更) 4. 費用対効果の見えにくさ フィジカルAIの費用は、ロボット本体より、現場への組み込みと運用で膨らみやすいのが特徴です。据え付けや治具、安全対策、データ収集、保守と、本体以外の費用が重なるうえ、AIが失敗したときに人が直しに行く手間は、運用に入るまで見えないためです。 介入の手間が隠れるのは、PoCでは技術者が付き添って、つかみ損ねや停止をその場で直してしまい、本番で作業者が対応する頻度が数として残りにくいからです。例えば、成功率98%と聞くと十分に見えますが、1日に1,000回つかむ作業で失敗のたびに人が直すなら、対応は1日20回です。仮に1回3分かかるとすれば、毎日1時間を人が受け持つ計算になります。 打ち手の1つ目は、比較の単位を1作業あたりの費用と人の介入回数にそろえることです。PoCの段階から介入の回数と1回あたりの対応時間を記録しておけば、稟議で問われる本番の人の手間を、いまの手作業の人件費と同じ物差しで比べられます。 2つ目は、横展開で下がる費用と下がらない費用を分けて試算することです。モデルやデータは2拠点目以降にも使い回せる部分がありますが、据え付けと安全の評価は設置場所ごとにかかるため、拠点を増やしても単純には安くなりません。 計算式の型は「AI導入の費用対効果の計算式・試算例|稟議を通す3つの要点」で解説しています。 5. AI・機械・現場をつなぐ人材の不足 フィジカルAIの導入には、AI、機械と制御、現場の工程という3つの領域の知識が同時に要ります。AIの担当はデータの集め方とモデルの評価を、機械と制御の担当はロボットや安全機能の設定を、現場の担当は作業の手順や良品の基準、起こりがちな例外を知っています。 3つを1人で兼ねる人はまれなため、判断は領域の境目で止まりがちです。例えば、AIの担当が「どんな失敗が起きやすいか」を知りたくても答えられるのは現場だけで、現場が「どこまで速く動かせるか」を知りたくても答えられるのは制御の担当です。その間に、データの取り方や安全の条件が決まらないまま時間が過ぎます。 社内で探そうにも、DXに取り組む企業の88.8%が推進人材の「質」の不足を感じており、現場の知見と基礎的なAI知識をあわせ持つ人材についても、回答企業の69.6%が「不足している」と答えています(IPA)。2つの領域を兼ねる人でさえ足りない以上、3つを兼ねる人はさらに見つけにくくなります。 打ち手は、3領域を兼ねる人を探すより、役割を分けて組むことです。現場の工程知識、安全の最終判断、データと受入基準(=本番に進む合格条件)は自社に残し、モデル開発やロボットの組み込みは外部と組みます。 そのうえで、境目の判断を受け持つ窓口役を自社に置きます。窓口役は3領域すべてに詳しくなくてよく、受入基準を共通の物差しにして、「この失敗の頻度なら許容できるか」「この速度で合格条件を満たせるか」を、現場や制御の担当、外部と突き合わせて決めます。判断の拠り所が決まっていれば、境目の問いが宙に浮かなくなります。 データと受入基準を手放さないのは、フィジカルAIの価値が、現場のばらつきや例外をどれだけ学習の材料にできるかにかかっているからです。ここを外部任せにすると、導入しても競争優位は自社に残りません(ローランド・ベルガー)。 AI人材の確保策は「AI人材とは?不足の実態と確保する3つの選択肢【2026年】」で整理しています。 参照元:独立行政法人情報処理推進機構「DX動向2026」(2026年7月) フィジカルAI導入をPoCから限定運用・横展開へ進める3ステップ 導入は、PoC・限定運用・横展開の3段階に分けて進めます。動くか、業務として回るか、場所が変わっても再現するかと、段階ごとに確かめる問いが違うためです。 最初の対象は、環境が安定し、失敗しても損害が小さい作業から選びます。環境が変わる作業ほど、集めるデータも起こりうる例外も増え、検証の手間と費用が膨らむためです。例えば、照明の変わらない屋内で、落としても壊れない部品を箱から取り出す作業は向いており、日差しで明るさが変わる搬入口や割れ物を扱う作業は後に回します。 工場や物流での使いどころと他社の事例は「フィジカルAIの製造業事例7選|工場・物流の使いどころと進め方」で紹介しています。 ココロミ の詳細はこちら 1. PoC:1作業での成立条件の確認 PoCでは1つの作業について、成功率、作業時間、人の介入回数、安全機能の作動回数を記録します。合格条件と撤退条件を数値で先に決めておくと、結果の良し悪しにかかわらず、次に進むかを判断できます。 合格ラインは、いまの手作業の手間から逆算します。例えば、人が1日8時間かけている作業で、投資を回収するには人の手間を7時間減らす必要があるなら、残せる人の対応は1日1時間です。1回の対応に3分かかるなら介入は1日20回までで、1日1,000回つかむ作業なら成功率98%以上が合格ラインになります(数字はいずれも仮の例)。 撤退条件も、「〇週間で合格ラインに届かなければ撤退する」のように書いておきます。条件を決めずに始めると、どんな結果にも「もう少し続ければ」と続ける理由が見つかり、PoCが延び続けるためです。 PoCを飛ばして設備投資を決めると、自社の環境でどこまで動くか分からないまま、ラインの改造に費用をかけることになります。PoC全般の失敗の型は「PoC失敗の事例5選|本番に進まない原因と防ぎ方【2026年】」で整理しています。 2. 限定運用:例外と保守の手間の把握 限定運用では、1ラインや1シフトに範囲を区切って実際の業務に組み込み、PoCでは見えない例外対応、段取り替え、保守の手間を数えます。部品のロットが替わって表面の色が変わった、夜勤で照明の当たり方が違った、といった例外は日々の業務で初めて表れ、その記録が次の学習データになります。 運用に入ったら、止まった回数、人が介入した回数、センサーの値が欠けた回数、復旧までの時間を記録し続けます。モデルを更新する前には、以前できた作業が崩れていないかを確かめる回帰試験の項目と、元のモデルに戻す条件を決めておきます。試す項目が決まっていて、安全機能がAIと分けてあれば、更新のたびに安全の評価を一からやり直さずに済みます。 限定運用を飛ばして全面導入すると、例外のたびにラインが止まり、現場がAIを信頼しなくなります。信頼を失うと性能を改善しても使われにくいため、範囲を絞って例外の頻度を先に把握します。 3. 横展開:拠点ごとの差分の検証 Listerが集めた国内のロボット・AI導入・実証事例595件(2026年7月時点)のうち、実運用に入った308件を見ても、複数拠点や全社規模に広がったのは35件と約1割です。1拠点で成果が出ても、広げる段階にもう一つの壁があることがうかがえます。 横展開では、2拠点目以降の照明や部品、レイアウトの違いを洗い出し、学習データと動作の試験は、差分に当たる部分だけ追加します。安全のリスクアセスメントは拠点ごとに行いますが、AIの検証を一からやり直さずに済むぶん費用を抑えられ、成功率が落ちそうな箇所も本稼働の前に見つけられます。 差分の確認を飛ばして1拠点の成果をそのまま当てはめると、1拠点目の条件で覚えた動きが2拠点目では通用せず、成功率が下がって投資計画の前提が崩れることがあります。 参照元:株式会社Lister「フィジカルAI導入・実証トレンドレポート2026を公開」(2026年7月) フィジカルAI導入に関するよくある質問 Q. 学習データが少ない会社は、何から始めればよいですか? まず、設備の稼働ログや検査画像、作業動画など既存の記録を棚卸しします。動作の学習に使えなくても、評価や失敗傾向の把握に使えます。公開データは用途を研究開発に限る規約もあるため、商用利用の可否を確かめます。 Q. 協働ロボットを選べば、柵なしで使えますか? 協働作業向けの製品でも、それだけで柵なしで使えるとは限りません。腕の先に付ける工具や運ぶ物、動く速さ、周りの設備との間隔まで含めた使い方全体で、危険のおそれが無くなったと評価できるかが問われるためです。ISO 10218に沿う場合も、設置まで規格どおりであることが条件です。 Q. フィジカルAI導入が失敗する理由は何ですか? つまずきやすいのは、シミュレーションだけで合否を決める、合格と撤退の条件を先に決めない、人の介入の手間をPoCで数えない、の3つです。いずれもPoCの間は問題が見えにくく、費用をかけた後で表に出るため、PoCの段階で防ぎます。 まとめ フィジカルAI導入の課題は、5つに分けると自社の壁と打ち手が見えてきます。要点は次のとおりです。 学習データは1つの作業に絞って失敗まで記録し、シミュレーションは実機の前に失敗を重ねる場として使って、合否は実機で決める 安全の措置義務は導入企業にあるため、AIの判断と安全機能を分けて設計し、規格の版と書類の分担を発注前に確かめる PoC・限定運用・横展開の3段階で進め、費用は1作業あたりの費用と人の介入回数で測る 弊社は、フィジカルAI導入の壁の切り分けと検証を支援するAI PoCサービス「ココロミ」と、チャットで気軽に相談できる「AI×DX寺子屋」を提供しています。また、経済産業省の補助事業に採択された過酷環境向けフィジカルAIロボットの共同開発では、安全性と監査性を両立したデータ処理基盤を担当しています。 どの壁が自社の制約か見極めたい段階でも、お気軽にご相談ください。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 執筆:株式会社EQUES(東京大学松尾研発のAIスタートアップ。製薬・製造業のAI開発と、AI PoC「ココロミ」・AI相談「AI×DX寺子屋」を提供) フィジカルAIのPoCを、合格条件から設計しませんか AI PoCサービス「ココロミ」が、現状分析から検証・評価、アクションプランの策定まで伴走します。まずは無料相談からどうぞ。 無料で相談する ココロミを見る
フィジカルAIの製造業事例7選|工場・物流の使いどころと進め方
2026.10.30
記事の要約 フィジカルAIとは、カメラなどで対象をとらえ、つかむ位置や動きをAIがその場で判断してロボットを動かす技術で、従来の自動化が苦手なばらつきの大きい作業に向きます。 製造業の事例7件は、形の違う部品や混載の通い箱、形が毎回変わるワイヤーハーネスなどをその場の判断で扱う取り組みで、本番で稼働する2件はその場で測って計算する型です。 最初のPoC(=本番導入の前に小さく行う技術検証)は、ばらつきが大きく止まっても波及しにくい工程を1つ選び、AIに任せる動作と合否を決める指標を先に定めます。 「部品の形がそろわず、ロボット化できない」「形の違う箱の荷下ろしが、今も人手頼み」 フィジカルAIの製造業事例は、2025年以降、工場の工程と物流の両方で公表が続いています。ただ、自社のどの工程に当てはまるかを見極めるには、成果の数字だけでなく、ロボットが現場で何をしていて、従来のロボットでは何が難しかったのかまで知る必要があります。 本記事では、公式発表で確かめた製造業の事例7件をこの観点で掘り下げて紹介し、工程の選び方とPoCの範囲の決め方を示します。製造業のAI開発や廃炉向けフィジカルAIロボットの共同開発に取り組む、東京大学松尾研発のAIスタートアップとして弊社が解説します。 読み終えるころには、自社に近い事例と、PoCで確かめる範囲が見えるはずです。 フィジカルAIと従来の工場の自動化の違い フィジカルAIとは、カメラや力のセンサーで周囲をとらえ、AIが次の動きを判断して、ロボットなどの機械を動かす技術のことです。従来の工場の自動化との違いは、動き方を人が教えるか、ロボットがその場で決めるかにあります。 従来の産業用ロボットは、人が教えた(ティーチングした)位置と動きを正確に繰り返します。その動きが通用するように、治具やコンベヤで部品の位置と向きをそろえてきました。カメラで位置を測って動きを補正するロボットも、登録した部品と決まった手順が前提です。 そのため、部品の形が品目ごとに違う、届く箱の大きさや積み方がそろわないといった工程では、ロボットが止まるか、人が手で直すことになります。変化のたびに設備を作り直したり教え直したりするのは割に合わず、ばらつきの大きい工程ほど人の作業が残ってきました。段取り替えや、形のそろわない箱の荷下ろしが典型です。 フィジカルAIが新しいのは、登録していない形や、毎回変わる形の物も扱える点です。対象をその場で見て、どこをつかみ、どう腕を動かすかをそのたびに決めます。このやり方には、大きく2つの型があります。 1つ目は、カメラで対象の形をその場で測り、つかむ位置と腕の動く経路を計算する型です。後で紹介する事例5・6のMujinのロボットがこれにあたります。 2つ目は、人の操作やロボットの動作のデータを集めてAIモデルに学ばせ、見えた状態からつかみ方を判断させる型で、事例1・2・4がこれにあたります。 7件では、本番で稼働している2件(事例5・6)がどちらも1つ目の型で、2つ目の型の事例はまだ実証や訓練の段階です。形を測れば扱える箱や部品の作業なら1つ目の型で本番に近づけやすく、柔らかい物の扱いや手順の判断まで任せたい作業は、2つ目の型を実証から始めることになります。 事例を読むときは、ロボットの種類より、どのばらつきをAIが引き受けたかに注目すると、自社の工程に当てはめやすくなります。定義や生成AIとの違い、仕組みは「フィジカルAIとは?仕組み・生成AIとの違い・日本の動向2026」で解説しています。 フィジカルAIの製造業事例7選|製造工程と工場内の物流 ここでは製造業の事例を、製造工程、メーカーの工場内の物流の順に紹介します。各事例では、どんな作業か、従来は何が難しかったか、何ができるようになったか、どの段階かを順に見ていきます。 7件は導入の段階もさまざまです。本番で稼働しているのは三五と松田電機工業所の2件で、BMWは量産ラインでの試験導入を、ソフトバンクと安川電機、Siemensは実証を終えています。日立製作所とファナックは実証を始める段階、現代自動車グループの工場はロボットの訓練の段階です。 1. 日立製作所×ファナック:自社工場で部品のピッキングと段取り替えを実証へ 日立製作所とファナックは2026年9月、フィジカルAIの共同事業化で提携し、日立の茨城地区の工場で形状の異なる部品のピッキングや、生産する品目を変えるときの段取り替えを実証します。どちらも、品目によって部品の形や扱い方が変わる作業です。 両社は、従来の設備が決まった条件で同じ作業を繰り返すことを前提にしていると説明しています。条件や部品の違いに合わせた判断が要るピッキングや段取り替えはその前提に収まらず、今も人の手に大きく頼っています。 そこで両社は、日立のAIとファナックの産業用ロボットを組み合わせ、AIが多様なデータからその現場ならではのルールを学び続ける形をとります。実証では認識精度、ロボットの動作、タクトタイム、品質面の効果を確かめながら改善し、2027年度からの顧客展開を目指します。段取り替えでロボットが具体的に何を担うかは、まだ公表されていません。 2. ソフトバンク×安川電機:形が毎回変わるワイヤーハーネスの収納を実証 ソフトバンクと安川電機は2026年7月、製造現場を想定した技術実証(実施場所は非公表)で、形と配置が毎回変わるワイヤーハーネスを箱に収納する作業をロボットに行わせました。 ひもや布のように柔らかい物は、たわみや絡まり、折れ曲がりが起き、つかむべき位置も毎回ずれます。形と置き場所が前もって決まっていることを前提にした従来のロボット制御では、安定して扱えませんでした。 そこで両社は、ロボットの動作データやセンサー情報をクラウドに集めてAIモデルを学習させ、ハーネスの状態の見分けやつかむ位置の判断に使いました。従来の制御で安定して動かせる動作はそのまま残し、AIを一つの機能として既存のロボットシステムに組み込む構成で、柔らかい物を安定して扱えることを確かめています。 3. BMW×Figure:人型ロボットが10か月で3万台超のX3の生産を支援 BMWグループの米国工場では、人型ロボット「Figure 02」が、溶接工程に向けて板金部品を差し込む作業を担いました。量産ラインでのパイロット(試験導入)として同じ作業を続け、10か月で3万台超のX3の生産を支えました(BMW、2026年6月発表)。 作業の中身は、棚や箱から板金部品を取り出して溶接用の治具に置くもので、置いた部品は6軸の産業用ロボットが溶接してメインラインへ送ります。Figure社の発表では、1サイクルで3つの部品を置き、その時間は37秒以内が要件でした。位置の誤差は5ミリ以内に収める必要があり、1シフトあたりの成功率は99%超を目標にしていました。 なぜ人型を選んだのかは、BMWもFigure社も明らかにしていません。後継機「Figure 03」は、物流の工程で部品を拾い上げ、組立の順に台車へ並べる作業を始める予定です(時期は未公表)。 BMWは、Figure 03が稼働率を高めるためのワイヤレス充電を備えると説明しています。電池で動く人型ロボットでは、充電のために止まる時間が、そのまま稼働率に響くためです。 4. 現代自動車グループ×Boston Dynamics:人型ロボットに工場で部品の順立てを訓練 Boston Dynamicsは2026年9月、現代自動車グループの米国工場に、人型ロボット「Atlas」の訓練拠点を開設しました。実際の工場環境で、自動車部品の工場内物流と、組立の順に並べる順立てを訓練しており、2030年までに部品の組立へ用途を広げる計画です。 順立てとは、組立ラインを流れてくる車の順番に合わせて、使う部品をあらかじめ並べておく作業です。形も大きさも入れ物も違う部品を、人が取り出す前提で置かれた棚から1つずつ取り出すため、部品ごとにつかみ方や腕の差し入れ方を変える必要があり、ロボットには難しい動作です。 発表では、トレーナーがAtlasを遠隔操作する様子が紹介されており、2027年にはデータ収集の規模を広げて訓練を続けるため、既存の顧客とも協議しています。 5. 三五×Mujin:工場内に製品倉庫を新設し、荷役作業の工数を67%削減 自動車部品メーカーの三五は、完成品をいったん工場の外の倉庫で保管し、出荷のときに工場へ運び戻していたため、トラックの往復と、通い箱の積み下ろしに手間がかかっていました。ただ、通い箱は種類が多く形も複雑で、決めた位置をつかむ教え込み型のロボットでは自動化が極めて難しかったと、Mujinは説明しています。 三五は福田工場に製品倉庫を新設し、Mujinの知能ロボットとAGVで搬送からピッキングまでを自動化しました(2025年6月公表)。通い箱を降ろすロボット2台は、3Dビジョン(=物の形を立体的に測るカメラ)で箱をとらえるため、箱ごとに動きを教え込む必要がありません。ハンドもつかみ方を自動で調整する独自のもので、50種類以上の通い箱に対応します。 このロボットとAGV18台を倉庫制御システムでまとめて動かし、物流全体を見直した結果、荷役作業の工数は67%減りました。ただし、ロボットによる分の内訳は公表されていません。外部倉庫と工場を結ぶトラックが年間2,080便減ったのは、保管場所を工場の中に移した効果です。 6. 松田電機工業所×Mujin:通い箱の荷下ろしを自動化し、担当を3人から0人に 自動車用スイッチを主に作る松田電機工業所は、Mujinのロボット2台で、入荷と完成品の入庫で行う通い箱の荷下ろしを自動化しました(2026年9月公表)。パレットに積まれた通い箱を、1箱ずつ降ろす作業です。 通い箱は大きさも形も積み方もそろわない混載で、使い込んで変形した箱も混じります。つかめる縁も限られ、箱ごとにつかむ位置と動きを決める必要があるため、従来のティーチング方式では自動化が難しく、重い箱を人が降ろしていました。 導入したロボットは、上部の3Dビジョンでパレットを測り、箱の位置と形、つかめる縁を見分けたうえで、つかむ位置と腕の動きをその都度決めます。ハンドは箱の大きさに合わせて爪の幅を自動で変えるため、付け替えずに複数の規格の箱を扱えます。その結果、対象工程の作業人員は3人から0人になりました。 7. Siemens×Humanoid:2週間の現地試験で、人型ロボットが通い箱搬送の目標値を達成 Siemensのエルランゲンの電子機器工場では、Humanoid社の車輪で動く人型ロボット「HMND 01」が、積み重ねた通い箱をコンベヤへ移す作業を現地で2週間試しました(2026年1月公表)。保管用に積まれた通い箱を自律的に1つずつ取り、コンベヤまで運んで、作業者が受け取る所定の位置に置く作業です。 この現地試験は、繰り返しの多い物流作業を人型ロボットが担えるかを確かめるPoCの第2段階で、第1段階ではHumanoid社の社内で開発と実演を済ませていました。 目標値は、毎時60回の搬送、2種類の大きさの箱への対応、30分を超える連続した自律稼働、8時間を超える稼働時間で、両社はこの4つの目標値をすべて達成しました。あわせて評価した、つかんで置く動作の成功率も、全体と自律の両方で90%を超えています。目標値を数字で並べておけば、2週間という短い試験でも、次に進むかを判断する材料がそろいます。 参照元:日立製作所・ファナック「日立とファナック、フィジカルAI実装の共同事業化に向けた戦略的パートナーシップを締結」(2026年9月)/ソフトバンク「ソフトバンクと安川電機、フィジカルAIの開発基盤として『AIデータセンターGPUクラウド』を活用し、柔軟物体ハンドリングシステムを実証」(2026年7月)/BMW Group「BMW Group advances the use of Physical AI in production with Figure 03 project in Spartanburg」(2026年6月)/Figure「F.02 Contributed to the Production of 30,000 Cars at BMW」(2025年11月)/Boston Dynamics「Boston Dynamics Opens Robotics Metaplant Application Center to Train Humanoid Robots for Manufacturing Tasks」(2026年9月)/Mujin「Mujin、次世代知能ロボット群とデジタルツイン技術で株式会社 三五様の工場物流をDXし、物流コスト削減に貢献」(2025年6月)/Mujin「中小製造業で初となる混載通い箱の仕分け工程を自動化」(2026年9月)/Humanoid「Humanoid and Siemens completed a proof of concept to test humanoid robots in industrial logistics」(2026年1月) 工程別に見るフィジカルAIの使いどころ|工場・物流の対応表 最初のPoCは、ばらつきが大きく人手に頼る工程のうち、止まっても前後に波及しにくい工程から選ぶのが堅実です。理由は、ばらつきとラインの中の位置という2つの軸にあります。 1つ目の軸である「ばらつき」は、効果の大きさと失敗のしやすさを同時に決めます。部品の形や箱の積み方がそろわない工程ほど人の作業が残っており、置き換えの効果は大きくなります。その一方で、AIが見分けや判断を誤る場面も増えます。 2つ目の軸である「ラインの中の位置」は、止まったときの波及を決めます。組立ラインの途中でAIが失敗するとタクトタイムが崩れ、ライン全体が止まるおそれがあります。仕掛品の置き場を挟む工程間搬送や出荷前のピッキングなら、ロボットが止まっても置き場の在庫でしのぎながら人が代われます。本番で稼働している事例5・6も、入荷・入庫や保管・出荷といった組立ラインの外側の工程です。 工程事例で使われた型向いている条件準備すること該当する事例部品のピッキング・段取り替え認識AI付きの産業用ロボット部品の形状が多い/品目の切り替えが多い現場の作業データを集め続ける仕組み日立製作所×ファナック収納(柔軟物)既存ロボットに足すAIの機能形が毎回変わる物を扱う動作データの収集と学習用の計算環境ソフトバンク×安川電機溶接前の部品投入人型ロボット決まった部品を高い精度で置く置く位置の精度と時間の要件BMW×Figure工程間搬送・順立て人型ロボット人と同じ通路や棚を使う人と同じ通路での安全確認/稼働時間の目標値現代自動車グループ×Boston Dynamics、Siemens×Humanoid入荷・入庫の荷下ろし3Dビジョン付きのロボット箱の大きさ・形・積み方が混在する扱う箱の種類と規格の洗い出し松田電機工業所×Mujin完成品の保管・出荷ロボットとAGVの統合制御通い箱の種類が多い/保管を工場内に集約できる倉庫の配置と全体の制御三五×Mujin外観検査(事例なし)固定カメラの画像AIを先に検討物を動かさずに済む検査良品と不良品の画像該当なし フィジカルAI導入の進め方|PoCの範囲を決める5ステップ フィジカルAIのPoCは、対象の工程、AIに任せる動作、合否の条件を先に決めるほど、結果を本番の判断に使えます。 第1に、対象の工程を1つ選び、現状を測ります。作業時間、人数、品目の種類、例外が起きる頻度を記録し、PoCの結果と比べる基準にします。例外を種類ごとに数えておくと、AIが苦手な場面も予想できます。 第2に、AIに任せる動作を切り分けます。ソフトバンクと安川電機の実証のように、AIは判断が要る部分に使い、従来の制御で足りる動作は残します。作り直す必要のない動作まで検証に入れると、期間が膨らむためです。 第3に、本番のばらつきを含む条件で試します。日立製作所が自社工場を実証の場に選んだように、実際の品目や置き方で試験します。整えた部品だけで合格しても、本番の例外で止まってしまうからです。 本番の条件で試すことは、仮想空間で動作を学習させる場合にも欠かせません。仮想空間では、摩擦や物の変形、照明やセンサーのノイズなどを再現しきれず、実機では成功率が落ちることがあります(Sim-to-Realギャップ)。この壁と打ち手は「フィジカルAI導入の課題5つと解決策|学習データ・安全性の壁」で解説しています。 第4に、合格と撤退の条件を現場の指標で決めます。成功率、1個あたりの作業時間、人の介入回数、停止時間などです。目標値は、第1で測った現状をもとに、本番でその工程の人員計画が成り立つ水準から逆算して決めます。Siemensの試験のように数字で置けば、終わったときに「動いた」以上の判断ができます。 第5に、例外時の引き継ぎと本番の費用を設計します。扱えない物を人に渡す受け皿を決め、保守などの運用費も見積もります。これがないと例外のたびに作業が止まり、良い結果が出ても本番への投資を判断できません。 検証の観点は「PoC検証とは?目的と3つの観点・進め方・成功事例を解説」、自動化の費用や補助金は「製造業の自動化を成功に導く!AI導入のメリットと費用・補助金まで徹底解説」で解説しています。 製造業以外の過酷環境での開発例|廃炉向けのフィジカルAI 人が立ち入れない環境でもフィジカルAIの開発が進んでいます。弊社が参加する、高線量環境下での調査や作業の支援に向けた共同事業も、経済産業省の「廃炉・汚染水・処理水対策事業費補助金」に採択されました。 高線量の現場では、遠隔操作にも高度な技術と事前の準備が要ります。この事業では、周りを認識・判断して自律的に動くロボットで、熟練者の作業を支援・代替できるかを確かめます。ロボットシステムの統合開発と現場実証は、株式会社クフウシヤが担います。 弊社が担うのは、高線量の現場で調査や作業を安全かつ確実に進めるための、安全性と監査性を両立したデータ処理基盤です。監査性とは、ロボットが何を見て、どう判断し、どう動いたかを後から確かめられることで、人が近づけない現場ではこの記録がなければ作業結果を信頼できません。工場のPoCでも認識と動作の記録を残すと、停止や不良の原因を追えます。 こうした検証を工程1つから始めたい場合は、弊社のAI PoCサービス「ココロミ」が対象を絞った概念実証を支援します。 参照元:株式会社EQUES「経済産業省『廃炉・汚染水・処理水対策事業費補助金』に採択」(2026年7月) ココロミ の詳細はこちら フィジカルAIの製造業事例に関するよくある質問 Q. 中小規模の工場でもフィジカルAIは導入できますか? 対象を1工程に絞れば検討できます。事例6の松田電機工業所は中小製造業で、既存の物流の動線を大きく変えずに、通い箱の荷下ろしだけを自動化しました。既存のロボットにAIの機能を足す構成なら、投資を抑えて試せる場合もあります。 Q. 協働ロボットとフィジカルAIは何が違いますか? 協働ロボットは、人に触れたら止まるなどの安全機能を備え、人と同じ空間で作業できるロボットです。フィジカルAIは、見て判断し動きを決める、ロボットの頭脳にあたる技術で、両者は組み合わせて使えます。 Q. 人型ロボットは必要ですか? 必須ではありません。本番で稼働している事例5・6も、通い箱を降ろす専用のロボットです。人型は、人の作業場所や台車、棚をそのまま使いたい工程に向き、決まった場所での作業ならアーム型のほうが速度や費用で有利な場合があります。 まとめ フィジカルAIの製造業事例からは、ばらつきの大きい工程を1つ選び、AIに任せる動作を絞って確かめる進め方が見えてきます。 本番で稼働している2件はその場で測って計算する型で、動作のデータから学ぶ型はまだ実証や訓練の段階にある 最初の工程は、効果が見込める一方で、止まっても前後に波及しにくい工程から選ぶ PoCでは、AIに任せる動作、本番のばらつきを含む試験条件、現場の指標による合否、例外時の引き継ぎを先に決める 自社のどの工程から試すべきか迷われている段階でも、お気軽にご相談ください。最後までお読みいただき、ありがとうございました。 執筆:株式会社EQUES(東京大学松尾研発のAIスタートアップ。製薬・製造業のAI開発と、AI PoC「ココロミ」・AI相談「AI×DX寺子屋」を提供) 自社工程でフィジカルAIを小さく試しませんか AI PoCサービス「ココロミ」が、現状分析から検証・評価、アクションプランの策定まで伴走します。まずは無料相談からどうぞ。 無料で相談する ココロミを見る